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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(あ)3064号 決定 1968年6月05日

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人岡田実五郎の上告趣意第一点は、違憲(三一条違反)をいうが、実質は単なる法令違反の主張であつて、上告適法の理由に当らない(なお、刑法一八八条一項にいう公然の行為とは、不特定または多数の人の覚知しうる状態のもとにおける行為をいい、その行為当時、不特定または多数の人がその場に居合わせたことは、必ずしも必要でないものと解するのが相当である。そして、原判決の是認した第一審判決によると、被告人らが墓碑を押倒した共同墓地は、県道につながる村道に近接した場所にあり、他人の住家も遠からぬ位置に散在するというのであるから、たまたま、その行為が午前二時ごろに行なわれたもので、当時通行人などがなかつたとしても、公然の行為というに妨げないものというべきである。)。

同第二点は、量刑不当の主張であつて、上告適法の理由に当たらない。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

弁護人の上告趣意

第一点 原判決は刑罰法規を誤解し延いて憲法第三一条に違反する不法があると思料する。

一、原判決が認容する第一審判決の要旨によると被告人外一人は昭和四一年九月一三日午前二時頃岡山県児島郡興除村大字東崎六三七番地通称東崎東共同墓地において田辺一二方外八名方の墓所の墓碑合計四〇本余及び台石等九個位を順次押倒し以て同墓所に対し公然不敬の行為をしたとの事実を認定し刑法第一八八条第一項を適用して被告人を有罪としているのである。

二、そこで考えられることは人通りない午前二時頃被告人らは泥酔の上摘示の墓碑等を押し倒したことを以て刑法第一八八条の構成要件たる公然と云えるかが一個の問題たらざるを得ない。

ここに云う公然とは不特定又は多数人の直接認識し得る状態下においてと解すべきことは従来の観念である。

そして被告人の(員)及び(検)調書によると日中は附近の道路に人馬の往来が繁く道路上より墓所の様子が見へるとは云つているが午前二時頃即ち真夜中頃は人通り少なく本件の行為時の際は人の通つている気配はなかつたと云うのである。

そうだとするなら被告人の行為は墳墓に対する宗教感情を害する行為であつたとしても「公然」としたとは云えないのではなかろうか。

しかし之に対して反対の見解がないわけではない。

東京高裁によると「暗夜密かに墓石を押し倒したとしても公然性を有しないとは云えない(判例総覧刑事編一八巻八一頁)」と云つているが恐らくその見解は公然性に一歩を拡張して蓋然性があれば足るのだとの観念に根ざすものであろうと思われる。

しかし刑罰法規は努めて厳格に解すべきものであつて拡張解釈を許してはならないのではなかろうか。

もしそれを許すとすれば罪刑法定主義の理念が容易に破壊せられ憲法によつて保障される基本的人権も亦侵害されることとなる。

憲法第三一条は罪刑法定主義の原則を高く掲げて国家は人民に対し基本的人権の侵犯をしないことを保障しているのであるから右にかかげたような刑罰法規の拡張解釈は許されないものと解すべきである。

ところが原判決が認容する第一審判決は被告人の前記所為に対して刑法第一八八条を適用したのは同法の解釈を誤り延いては憲法第三一条に違反するものであり之を破毀しなければ著しく正義に反するものと思料されるので、原判決の破毀を求める。

<後略>

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